海月記 ── 花笠海月の雑記帖

「くらげしるす」と読みます。

窓、その他

 内山晶太さんの第一歌集『窓、その他』(六花書林)が刊行された。

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 何年も前から待望されていた歌集で、ついにという感想が多いと思われます。私もそのひとり。まずは、同じ結社の仲間として「おつかれさま」と「おめでとうございます」を送りたい。

 内山さんの歌は誌上で読んでいて、うなることが多い。この歌集には入っていないけど、私が印象に残っているのは渋谷の街をウロウロするだけの一連。特別なことは何もしない。けれどもそれが歌になっている。うまい人にはそれができる。内山さんは歌歴と完成度があまりつりあっていない人で、私が読み始めた時、すでにうまかった。それでいて、歌歴20年の今になってゆるいところのある歌をポッと出すことがある。歌集に入っている歌からだと、たとえばこんなの。

  抜け落ちてゆくかなしみの総量をしらず昼間の部屋にふるえつ (p.13)

  かけがえのなさになりたいあるときはたんぽぽの花を揺らしたりして (p.20)

  気づかれぬよう剥がれたるはなびらは眼窩のごとき壷に降りたり (p.148)

 このあたりは、共感を得られる内容だし、書きたい気持ちはわかるけど、内山さんならここまでストレートに書かなくても書ける内容では?とも思う。けれどもこう書きたい気分で、こう書くしかなかったというのはわからないでもない歌。「わかるー」以外の感想が出にくい歌。

 三首目は、ストレートな表現ではないと思う。三~五句の表現の高さとのバランスが悪いと思ったのであげた。内山さんが書いてしまうということがすでに「気づかれぬよう」の部分と対立する内容。それをわかっているから「気づかれずに」ではなく「気づかれぬよう」なのだと思うけど、注意深い表現であるがゆえに残りの三句の良さに目がいきにくくなる。 

  涙目の少女ひとりをおおいなる夕映えのなかに取り落としたり (p.26)

  てのひらに貰いしお釣り冬の手にうつくしき菊咲きていたりき (p.34)

  口内炎は夜はなひらきはつあきの鏡のなかのくちびるめくる (p.80)

  うすくらき通路の壁にリネン室げにしずかなり布の眠りは (p.129)

  陶製のつめたき馬の首すじに雨すべるさえとおき抱擁 (p.146)

 このあたりは好きな歌。

 どれとはあげないが、光の歌が多い。タイトルになっている窓の歌も多い。窓は光を通す存在で、ガラスごしに世界を見ていると思っているのだろう。けれど、まぶしいと感じる人はすでに光のなかにいる(実生活については知らない)。花ということばの出てくる歌も多い。内山さんが歩いているのは光と花に満ちた道だ。内山さんはそれに気づいて、堂々と歩いていくべきだと思う。餞にもならない内容だけど、内山さんはこの本から出発できたことに自信を持って次を目指してほしいと強く思う。